スポンサーサイト

 --------
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
カテゴリ :スポンサー広告 トラックバック(-) コメント(-)

ネパールの言語と教育

 2011-01-02
日本で外国人として日本語を使っているとよく驚かれる。さらに、ネパール人として複数の言語が話せるということを話すと仰天される。しかし、それはネパール特異の社会文化的背景が影響しており、それが決して良いこと尽くしではない。

ネパールはご存じの通り、多民族国家であり多言語国家である。2001年の統計によると、ネパールには101のカースト・民族が存在しており(約40万人のカースト・民族は不明)、92の言語(約17万人の言語は不明)が存在する。
公用語であるネパール語を母語とするのは48.6%、と約半数。
僕の母語ネワール語は3.6%の人口しかない。といっても、ネパールには、70もの言語がそれぞれ0.1%以下の人口にしか使われていない。どうやらこのデータには方言も含まれているようですが、少なくともネパールが多言語国家であることはわかるはず。

公用語がネパール語であるため、官庁をはじめ、一般的に異民族と交流を図るためにネパール語が用いられる。ネパール語を母語としない民族は、学校教育を通して習得する。
民主化以前は同化政策も実施され、一時期、公式の場でネパール語を使用しないと罰せられることもあったが、90年の民主化以降は、それぞれ少数民族の文化保護(権利)運動が盛んであり、今では初等・中等教育において数多くの少数民族の言語で教育を受けることが可能である。

しかし、実際そのような少数民族の言語で教育を行う学校の人気はさほど高くない。結局、少数民族の言語だけを使っていても多民族国家ネパールでは生きていくことが困難である。そこで、ネパール語を主とする学校の方に行く。さらに言えば、ネパール語よりも英語を話せた方が、将来の可能性が拡大するので英語教育を行う私立学校の方が人気である。
私立学校が競争を展開する都心部では、挙って英語教育を一つの売りとしている。そのため、良い(高価)とされる学校ほど英語教育に重点をおいている。私立学校のレベルによるが、ネパール語以外の全科目を英語で実施している学校が一般的である。またその指導方法も、英語以外の他言語を学内で禁止するものから、指導時のみ英語を用いる、また、指導の際ネパール語と英語両方を用いるなど多種多様である。
その結果、英語を自由自在に使えても、逆に民族語やネパール語を上手に使えない子どもが多発している。

一方、公立学校の方も数年前から英語を導入しているが、一科目としての位置づけであり、ネパール語で全科目を教育している。これがまた公立学校卒は、英語があまりできないという常識になっており、英語教育を重視してほしい中流階級以上が子どもを公立学校に行かせない一つの理由にもなっている。

このような現況だが、子どもの母語が確立するのは9歳から12歳までであり、12歳までに一つの言語をしっかり勉強させてから他の言語を教えていった方が良いと読んだことがある。(専門外なので詳しい方がいらっしゃれば是非ご教示頂きたい。)これが正しいようであれば、一つの言語は重点的に教えてから徐々に他の言語を教えていくのが良いかもしれない。このような言語を配慮した多言語教育についてネパールの教育省や政府で論じられるべきだが、教育政策や報道を見る限りは十分に論じられているように思えない。一方、国民としても各民族がそれぞれ権利を主張するだけで、「公」教育のなかでその主張がどれだけ有効であるかを十分に議論されていないのが残念である。

個人的には「子どもの将来を拡大する手段としての」英語教育を重点しすぎて、学習の定着や社会文化的背景を軽視しすぎている気がする。
これはネパールだけに関わらず、日本でも同じかもしれない。


ちなみに、私ごとですが、娘を授かってから今まさにこの問題に直面している。日本では、娘への声掛けが民族語ネワール語と日本語になっている。しかし、帰国してからは恐らく家庭ではネワール語で話し、学校でネパール語と英語になる。生活言語と学習言語が異なるとかなり苦労することは身をもって経験しているので、一つの言語に特化させて教育をさせたいと思っている。とはいえ、民族語のネワール語は捨てがたい。なんとも悩ましい問題だが、子どものためにも多言語を確立するために「教育学」を勉強しないといけない気がするこの頃だ。
スポンサーサイト

ネパール・フェスティバル2010

 2010-05-10
いつも行けないのが残念です。
楽しいイベントらしいので、
参加できる方はぜひどうぞ。

★告知★ネパールフェスティバル2010in日比谷公園!

画像の保存、リンクの転送など大歓迎です
nepal festival


◆開催日時
2010年7月31日(土)10:00~19:30
2010年8月01日(日)10:00~18:00

◆会場
日比谷公園大噴水広場と音楽館

◆入場料
無料

◆詳しくは
日本最大級ネパールフェスティバル公式HP
http://www.nepalfestival.jp/index.html

自動進級制度導入に関する疑問

 2009-10-28
ネパールの前期中等教育まであたる第7学年まで、本年度から日本のように自動進級制度が導入されたというニュースが紙面を踊った。今後は、期末試験ではなくて、定期的な評価方法(形成評価)に転換し、自動進級制度が導入されるという。試験による児童の精神的悪影響を避けることと、前期中等教育への入学率の低さ(全体の3割)を考慮した政策だという。読者コメント欄をみるとかなり好評な政策のように見えるが、個人的には公立学校での形成評価・自動進級の実践に大きな疑問を感じる。

記事全文はコチラ

政策導入の背景
まず国際的な潮流から、2015人までに初等教育を万人に受けさせるという計画が進められており、その次の中等教育(また前の就学前教育)へ、視点がシフトしていることが背景にある。現在、ネパールの初等教育は、就学率が9割近くに上昇しており、その次の中等教育の3割という「数値」の低さを援助国から注目され、このような政策が導入されたのではないかと個人的に思っている。第5学年までの進級も実は、今まで実質自動進級になっていた。「万人に初等教育」(正確には「万人のための教育」)という目標を達成するために、「上」から「2・3科目に落第していても進級させて良い」という指示が出ていた。なので、よっぽどの学生しか同じ学年を繰り返すことがないのだ。今回の宣言はただ単に形式化したものを言語化しただけのことである。

「学力」はどこ!?
万人のための初等教育目標の真の狙いは、万人に良質の初等教育を提供しようというのだが、実際にはアクセスの拡大に終始しているのが現実である。
自動進級でも、初等教育段階で身につけるべき「学力」をきちんとつけていなければ、次の学年に進んでも意味がない。まして、場合によっては、重複して同じ学年で学習した方が苦手を克服し、子どものためになる。
ネパールの公立学校の教育は残念ながらかなりひどい。2000年に入ってからのいくつかの調査では初等教育の主要科目をきちんと学習し、理解している子どもは5割にも満たない。実際、縁あっていくつかの教育関係のNGO等に関わったことがあるが、初等教育の成績がかなり悪い。また、第7学年でもちゃんとネパール語で手紙を書けない子どもとたくさん出会う。
このようにそもそも質が低くて、ちゃんと子どもに学力を保証していない公立学校で試験を実施しないことは逆に質の低下に繋げる危険性をもつ。形成評価による評価は大いに、教員個人の判断によるものが大きく、従来定期的に行ってきた試験で客観的(従来の評価自体が客観的だったかどうかという疑問もあるが、それは別の話)に進捗状況を確認することができない。
要するに、ネパールのような国で、公立学校で形成評価を導入した場合臭い物に蓋をすることになる。

教師への負担
形成評価をするということは、定期的に教員が小テストか何かをつくって、それをチェックし記録していくということで必然的に教師の事務的な作業が増大する。本来、子どもの学力を考慮するために様々な工夫や勉強をするべき時間が減少することになり、子どもの学力に悪影響を及ぼすことすら考えられる。

広がる格差
ネパールにおいては、初等教育段階から公立と私立の格差が大きい。そもそも私立に行く子どもは有利なのは(財力・環境の面から)言うまでもない。そのような状況で、この政策がさらなる格差を助長する政策になりかねない。私立学校においては、この政策がちゃんと実施されるかどうかというのがまず疑問であるが、この政策の下で私立学校がきっちりと形成評価をし子どもの学力を保証していくのに対して、公立学校はそれを誤魔化し今の学力よりも悪化しかねないのである。

確かに、子どもの学力のすべてを毎年数時間の試験で計るのは不可能であり、子どもにとっては酷な話でもある。しかし、ネパールみたいな、子どもに学力をちゃんと享受できていない国で、子どもに学力が備わったかどうかということを確認するための手段として試験は重要な役割をもつ。また、公立学校の教員のモラルやモティベーションがかなり低く、果たして彼らがきちんと子どもの学力を保証するような評価方法を採用していくのかが疑問である。
≪ トップページへこのページの先頭へ  ≫
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。