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ネパール観光促進プログラム

 2008-06-19
本日は在日ネパール大使館・ネパール観光局主催の
「ネパール観光促進プログラム」に参加してきました。

錚々たる方々とお会いすることができて良かったです。
With Ambassador of Nepal
真中 在日ネパール大使、右 バスリ(ネパールフルート奏者のラムさん)

ネパール料理あり、ネパール音楽ありの素敵なプログラムでした。
tabala


そしてこの方とも再会。
With Jigyan
通訳のジギャン氏、お疲れ様でした。

新政権がまだ樹立していないのだが、今回のプログラムは
今後のネパールを見据えての観光促進プログラムでした。
巨大国インドと中国に囲まれて
工業化に対しハンデを負っているネパールにとって
観光業は大きな産業です。
しかし、近年の政治不安定で観光客が減る一方。
2007年の和平交渉成立に伴い今まで失った観光客を
取り戻しつつあるもののまだまだ十分ではない。
特に、日本からの一般観光客(登山客には変化なし)は全然増えてないらしい。
やはり、完全に「平和」にならないとネパールに行く意欲がわかないでしょうか!?
直行便が7月から運航再開するそうですが、
機体が古いまま・・・
キャンセルや遅航に関するお客様への情報提供をいかにするかの
対策もなされてなく(在ネ日本商工会のTさんが指摘)問題も山積み・・・
とりあえず、今回はネパールは「良い観光地ですよ」というアピール。
もちろんその通りです。
問題が山積みでもネパールはネパール。
その良さは変わらない!

なので、

Please Visit Nepal!!
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共和制への道

 2008-10-10
先日紹介した京大での発表を聞いてきた。
30分ぐらいの簡単な発表、1時間ほどの質疑応答で
その後C.K.LaL氏を交えて簡単な食事会があった。
非常にヒューモア溢れる方で大変面白い発表だった。
C.K.LaL氏について簡単に紹介すると
彼はエンジニアで、都市計画にかかわっている一方で
Nepali Timesをはじめ様々な雑誌に正確な分析と
偏りのない記事を書いている。
非常に穏やかで、ポジティブ思考を全面に出されていて
人を引き付けるだけの何かを持っている。

さて、簡単に今日の講演内容をまとめることにしよう。
発表
*ネパールの簡単な概要
*共和制の始まり:2001年王室殺人事件
*9.11事件で世界(特にアメリカ)の目が厳しくなりギャネンドラ氏が直接支配できることが困難に(?)
*2001年:緊急事態を発表→軍の強化
*2002年:議会解散
*2004年2月:ギャネンドラ氏によるクーデター(この時に国王としてではなく、軍のトップとしての統治を発表をしているのである意味この時点で共和制は始まっている)
*2006年4月:Jana-AndolanⅡ(民主運動)
*2007年冬:暫定政府がマデシ(ネパール南部)問題を無視→マデシ運動
*2008年4月:選挙→民主による王政反対
*新たなネパールへ出発はしているが、何ごともゆっくり(ビスタライ)×2で変化なし(?)

質疑応答

様々な質問があったが、簡単に以下の注目の大きい3点にまとめたい。
*連邦共和制の実現可能性について:
1.ネパールは小さい国であるということは誤解であって(例えば:ムスリム人口が140万人もいる国は小さいとは言えないし、ネパールより小さい国もたくさんある)、連邦共和制を十分に実行できるぐらいの大きさである。
2.中央集権を実行することによって生じる無駄や失敗を連邦制で軽減できる。
3.国家をまとめるには軍国主義、連邦主義かどこかの属国しか方法がない(?)ため連邦主義が一番健全ではないのか。それに、連邦主義を実行することによって権力が民主に一番近い位置に位置づけられる。
現在民族による区分の話は出ているが、それを合理的かつ皆の納得いく方法にやっていけば可能なことである。

2.ネパール軍と人民解放軍の統合について
情報が少ないが、おそらく統合は無理。マオイストとネパール軍の間にはお互いを触れないことの暗黙の了解が見受けられる。そうでなければ、なぜ、国王に従順なネパール軍が今まで何もせずにいるのか。また、マオイストでいうと統合を強く主張しているリーダーもあまりいない。何かしらの方法(例えば、他の部隊の編成)で統合は実施されないだろう。

3.マオイスト内の強硬派が強くなっていることについて
すべての党において必要であって、変革のために不可欠。マオイスト内の強硬派が弱くなったら彼らは二の統一ネパール共産党になってしまう。ネパールの変革のためにもある程度マオイスト内の強硬派を強くなってもらわないといけない。

以上。

やはりひっかかるのは共和制の方法である。どのような共和制に向かうのかがマオイストでさえ見えてない状況だとLal氏もおっしゃってたし、民族による連邦共和制を実施するにあたり現時点の象徴だけの民族的平等にこだわる政府では不安材料が多い。それにどのような共和制実現のためにもリーダーシップが重要だが、プラチャンダ首相の現時点までの行動をみている限り彼にそれだけの能力があるのか疑問点が残る。

大盛況

 2008-10-19
昨年同様今年も大盛況のモモ販売でした。
今年は少し多めに作ったので売り切れることはなかったのですが、
ほぼ完売状態にちかかった。

tent.jpg

やはり口コミで来て下さった方々や
去年すごくおいしかったからと買いに来て下さった
方々がたくさんいらっしゃったのがすごく嬉しかったです。
そしてブログを見て来て下さった方々もどうもありがとうございました。

午後からの文化祭も大盛況。立ち見がでるぐらいの観客でした。
やはり毎年恒例となりつつある新疆ウイグル自治区の華麗なダンス、
ベトナムやインドネシアの伝統的な踊りはなかなか良かった。

dance.jpg

vietnam dance

残念ながら不器用な私は何も披露することをできず、
拍手をおくることだけに専念していました。w

新年明けましておめでとうございます。

 2009-04-14
驚かれた方がおられるかも知れないが、今日はビクラム歴で元旦にあたる。私個人、そして一部のネパール人は三つの暦で(西暦の1月・4月・11月に)新年を迎える。まず、一つ目はもちろんのこと西暦でネパールでは主に外国関連に関わる時に用いる、二つ目は公的機関が用いるビクラム歴、そして、自分の民族の暦である(暦はもたない民族もあるが)、私の場合だと、誕生日や祭日の決定にかかわるネパール歴である。(順番は私が個人的によく使用している順番。)

在日ネパール人の私としては、どうもネパールの暦の話はうまく理解しかねている。というのも、昨年、ネワール民族が使っているネパール歴を正式な暦とする宣言したネパール政府だが、その後の話がどうなったのかまったくみかけない。しかも、ビクラム歴もそのまま使用し続けることなのか、ビクラム歴の調整の話で新年を迎える数日前までゴタゴタしていた。(このビクラム歴が地球の回転に合わないというので日にちを削る必要があるらしい。)

となんだかんだ、いいつつ一年が過ぎ去った。カンティプール新聞の社説では無法地帯化するネパールへ警鐘を鳴らしつつ、新年2066年が新たなチャンスであり、挑戦であることを強調し、党益ばかりにこだわる政党から国益を考える政党間の協力を呼びかけている。まさに、そのとおりだ。今年こそ「希望」の一年であることを願う元旦だ。

学会発表

 2010-06-28
毎年のように、今年も比較教育学会で発表。今年は共同発表で、インドネシアについての発表だった。簡単に発表内容をまとめると、日本の「授業研究」という手法が開発途上国に輸出されているのだが、果たしてそれが現地の社会文化的状況をどこまで配慮しているのかという点を、教員間関係形態のひとつ「協働」をキーワードとして、教員の働き方を左右する教員給与制度と授業研究が行われているプロジェクト分析を通してみた。結論としては、やはり現地の教員間関係形態を配慮していない導入であることがわかった。

ネパールに関する発表は、一つのみ。近年の政治情勢が不安定な中、研究者もネパール研究から遠ざかっているのだろうか。

一つだけだったが、なかなかいい発表だった。法政大学の長岡先生による発表で、ネパールにおける女性識字プログラムに関するものだ。ミレニアム開発目標のもとで、ネパールでは女性への識字教育に力を入れているのだが、それが果たして、地域や個人レベルでどのような影響を与えているのかということに関して、綿密な現地調査のもとで発表されている。都市部近くの村とへき地部の比較で、同じカリキュラムが使われていて、その解釈がいかに異なるのかが面白かった。例えば、清掃活動とかについて、都心部近くの村では、男性の参加が確認される発言があったのに対して、へき地部では、家の外は掃除しない、男性が掃除する絵をはじめてみたという発言がある。地域差・民族差や女性の役割変化を指摘し発表が終わっている。

個人的には、このような女性識字プログラムを通して進められている「開発」による正負両面をもう少し聞いてみたい。「開発」は人びとの生活を「よりよい」ものにしていくものではあるが、負の側面も持つ。例えば、環境破壊、文化の停滞や人間関係の希薄化がよく言われることである。

ネパール教育実践ツアーを終えて

 2010-08-27
一時帰国を終え、無事に日本に戻って参りました。
博論執筆中の身ですが、今回は博論と関係なくネパールで教育実践ツアーを主催しました。

ツアーの趣旨は、主に日ネの教員間交流で、互いに学び合うことです。
ネパールの教員が普段の授業を見せ、日本の教員にネパールの教育事情を見て頂きました。

日本の教員には現地で調達できる物を使って授業をしてもらい、
少しの工夫でも授業が改善できることをみせて頂きました。

言語が問題にならないように主に、理数科の授業で募集(口コミ)をかけ、
実際は、理数以外に音楽・ダンスと書き方講習の授業を含め四科目の授業の提案があり、
計7人の参加者がいました。

ネ教員にとっては、授業改善のヒントとなる材料が多く提起できたと思いますし、
日本の教員にとってもネパールでの実践は新鮮味溢れるものだったと思います。

研究者として教育方法の一方的な輸出は批判していますが、
十分に社会的状況や利用できる教材などを考慮すれば
日本の教育経験から学べることも多いと思っています。
そのため、今回はそのような勉強を参加者に事前にして頂きましたし、
材料にも配慮して頂きました。
何より、すべての実践や方法はあくまでも参考のためであることを強調し、
ネ教員自らの実践を探るよう呼びかけました。

教員(人)の行動に変革をもたらすのは容易なものではないが、
数人にでも自分の意図が伝わった感触を得て満足しています。

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