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知的冒険

 2008-08-30
昨日と今日の二日間、京都(佛教大学)で行われた第67回日本教育学会に参加してきました。
午前中は研究発表、午後は特別課題研究と充実した内容を満喫してきました。
今回は初の試みとして日本の教育へのグロバールな視点ということで英語のセッションもあってなかなかよかったのですが、参加者が少なかったことからまだまだ日本の教育を英語で語れる人材がいないことを痛感しました。日本の教育“手法”は国際的に注目されているのに、うまく実践できていないのはその中身をうまく伝えきれていないということも影響しているのではないかと思いました。まぁ、英語で日本の学問を語れる人材がいないのは何も教育だけのことではないと思いますが・・・

ところで、なぜか日本の教育を発表してくれた4人(4人とも外国人)の内なんと3人がネパール経験者。なんとも偶然だったのでしょう。
しかも、その内1人は日本の研究と同時にネパールの研究も進めているとのこと。
彼らとはネパールの一般的な話題から研究についての話題まで、大いに盛り上がりました。

また、他にも新しい仲間や懐かしい方々にも再会でき、
様々な発表を通して知的に刺激された二日間でした。


一つ思ったのだが、日本の教育学会は戦後“学問の自由”を保障してきたようだ。
また、政策批判も学会に発表される研究の蓄積があったから可能だった。
ネパールの場合はどうなのか?
学会らしいものはない訳ではないし、
もっとも出版物でジャナール形式で政策研究・批判しているものもあれば、
一般的には新聞記事が主になっている時もある。
しかし、それはどれぐらい“学問の自由”を保障しているかというと
非常に疑問である。政権、政策批判は過去では容易ではなかったし、
今も難点はある。これは今後のネパールにとって一つの大きな課題であるだろう。
もちろん、学識者を増やしていく課題もあるのですが・・・

{注:学問の自由-政治・宗教その他の諸権力から学問研究を解放・独立させ、その自由を確立すること。}
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