人災
2008-09-07
先月18日に起きたコシ川の氾濫で避難民が5万人超、7000世帯に被害を及ぼした。
厳しい避難生活と不衛生な環境が手伝って
現段階で16人の死亡が報じられている。
政府の対応を批判されているメディアもあるが、
過去で起きた水災害の対応と比較していい方ではないかと個人的に思う。
プラチャンダ首相の緊急現地視察(その後直ぐに北京に出発したが)、
ヤダブ大統領を含め他の閣僚も現地視察を行い
すぐにネパール軍を配置している。
それに加えて、海外在住ネパール人会(NRN)や
さまざま機関の緊急援助を評価しなければいけない。
しかし、まだまだ感染症での死亡者があるということは
緊急支援対策もかなり手こずっているようだ。
ことの発端は8月18日,
インド、ビハール州用の灌漑、洪水予防、水力発電のために
作られた堤防が決壊し、コシ川が氾濫した。
2つの村が完全に水没、
6つの村が一部水没の被害を受けることになった。
この堤防が作られたのは今から約50年前。
1954年のネ印の条約をもとに、
1959年〜1963年の4年をかけて作られている。
条約に基づくと補修や堤防の運営などのすべての責任がインドにある。
水レベルが増加した場合、56あるゲートを開けなければいけないが
それをインド側が実施しなかったとのことだ。
(水位の上昇は2日前から観測できたとの報告もある)
このことから今回の災害は天災というより人災ということで
大きく取り上げられている。
インド側は、現地のネパール行政が非協力だったことが原因だと
しているが、その詳細はいまいち明確に報道されていない。
そもそも、すべてがインドの管理下であれば、
どこをどのように協力する必要があったのか。
どちらの責任にしろ、被害者の救命が第一にされなければいけないが
責任の擦り合いになっていることを指摘しなければいけない。
幸か不幸か5万人超が苦しんだこの災害によって、
マオイストが求めていたネパールにとって不利な過去のネ印条約が見直されることになるだろう。
9月14日のプラチャンダ首相のインド訪問に彼はどのような処遇を受け、
どこまで過去の条約を取り上げることができるか注目されている。
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被害地域と被害状況:
Haripur村 Shreepur村 (Sunsari郡)
他にも6の村に一部の被害。
東西ハイウェイの3か所が交通不可。
電話が不通。
現在救援活動中の主な機関:
ネパール軍
WFP
FAO
UNICEF
WHO
OCHA
OXFAM
ADRA-Nepal
地図:避難キャンプ





