スポンサーサイト

 --------
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
カテゴリ :スポンサー広告 トラックバック(-) コメント(-)

病めるネパール社会

 2009-07-06
最近、ネパールにおける身代金目的の誘拐・殺人事件の報道がここ数ヶ月増えている。その中でも、先月起こった、元教師による誘拐・殺人事件は特に注目を集めている。元教師の容疑者は教え子(16)を使い、知り合いの(大金を持っている情報を得たため)娘(19)を誘拐、誘拐後数時間で殺害し遺体をバラバラに解体、複数の地域で遺棄している。

時間がたつにつれ、事件の残酷な詳細が浮かびあがり、ネパール国民を憤慨させている。なんと昨日開かれた初公判で聴衆が容疑者の二人を襲う始末(Nepalnews)。新聞等で事件の全貌がかなり詳細に載せられており、模倣犯がでるのではないかと心配にさえなる。

社会制度に生じた亀裂が犯罪を生む。しかし、多くの場合我々はこのような残酷な事件はたまたまの変わりものが起こした例外であることとする。C.K.Lal氏は次のように指摘している「近代の物質(拝金)主義、階級格差、失業、内紛の長期効果が合わさり、小さな事件でさえ耐え難い割合の悲劇の引き金となりえる」(Nepalitimes)。まさにその通りである。現在のネパールは病んでいるのであり、今回の事件はその兆候であることは理解すべきだと思う。

今回のような事件は誰にでも起こりえる事件なのである。実は、犯人は僕の嫁や義弟・義妹の元恩師でもあるのだ。この事件で我家族もかなりのショックを受けている。嫁によると犯人は厳しい指導で知られており、彼が言うことは絶対であった。共犯として巻き込まれた教え子もきっと言うがままになってしまった節がある。(共犯の教え子は被害者を嘘の懸賞金情報で呼び出し、容疑者の自宅までつれていった容疑がある。)もしかすると、自分(嫁)、または義妹(共犯の教え子と同級生)さえ言うがままに共犯になっていた可能性もあるのだと考えると背筋が凍る。

どこの社会でもそうだが、ネパール社会では特に多くのことが「ビスヮース」(信頼)に基づいている。金銭のやり取りから、物の貸し借り、すべてが「信頼」が基本。しかし、今回の事件では容疑者は被害者の家族にとっても、被害者にとっても信頼者のひとりであると共に、教師という立場にいた皆に信頼される存在であった。このように皆に「信頼」される人間が起こした今回のような事件が社会の「信頼」に対する考え方に変化をもたらすのではないかと個人的に思っている。もっとも、それが「教師」という職業的地位の低下から始まるのではないかと思う。

スポンサーサイト
≪ トップページへこのページの先頭へ  ≫
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。