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自動進級制度導入に関する疑問

 2009-10-28
ネパールの前期中等教育まであたる第7学年まで、本年度から日本のように自動進級制度が導入されたというニュースが紙面を踊った。今後は、期末試験ではなくて、定期的な評価方法(形成評価)に転換し、自動進級制度が導入されるという。試験による児童の精神的悪影響を避けることと、前期中等教育への入学率の低さ(全体の3割)を考慮した政策だという。読者コメント欄をみるとかなり好評な政策のように見えるが、個人的には公立学校での形成評価・自動進級の実践に大きな疑問を感じる。

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政策導入の背景
まず国際的な潮流から、2015人までに初等教育を万人に受けさせるという計画が進められており、その次の中等教育(また前の就学前教育)へ、視点がシフトしていることが背景にある。現在、ネパールの初等教育は、就学率が9割近くに上昇しており、その次の中等教育の3割という「数値」の低さを援助国から注目され、このような政策が導入されたのではないかと個人的に思っている。第5学年までの進級も実は、今まで実質自動進級になっていた。「万人に初等教育」(正確には「万人のための教育」)という目標を達成するために、「上」から「2・3科目に落第していても進級させて良い」という指示が出ていた。なので、よっぽどの学生しか同じ学年を繰り返すことがないのだ。今回の宣言はただ単に形式化したものを言語化しただけのことである。

「学力」はどこ!?
万人のための初等教育目標の真の狙いは、万人に良質の初等教育を提供しようというのだが、実際にはアクセスの拡大に終始しているのが現実である。
自動進級でも、初等教育段階で身につけるべき「学力」をきちんとつけていなければ、次の学年に進んでも意味がない。まして、場合によっては、重複して同じ学年で学習した方が苦手を克服し、子どものためになる。
ネパールの公立学校の教育は残念ながらかなりひどい。2000年に入ってからのいくつかの調査では初等教育の主要科目をきちんと学習し、理解している子どもは5割にも満たない。実際、縁あっていくつかの教育関係のNGO等に関わったことがあるが、初等教育の成績がかなり悪い。また、第7学年でもちゃんとネパール語で手紙を書けない子どもとたくさん出会う。
このようにそもそも質が低くて、ちゃんと子どもに学力を保証していない公立学校で試験を実施しないことは逆に質の低下に繋げる危険性をもつ。形成評価による評価は大いに、教員個人の判断によるものが大きく、従来定期的に行ってきた試験で客観的(従来の評価自体が客観的だったかどうかという疑問もあるが、それは別の話)に進捗状況を確認することができない。
要するに、ネパールのような国で、公立学校で形成評価を導入した場合臭い物に蓋をすることになる。

教師への負担
形成評価をするということは、定期的に教員が小テストか何かをつくって、それをチェックし記録していくということで必然的に教師の事務的な作業が増大する。本来、子どもの学力を考慮するために様々な工夫や勉強をするべき時間が減少することになり、子どもの学力に悪影響を及ぼすことすら考えられる。

広がる格差
ネパールにおいては、初等教育段階から公立と私立の格差が大きい。そもそも私立に行く子どもは有利なのは(財力・環境の面から)言うまでもない。そのような状況で、この政策がさらなる格差を助長する政策になりかねない。私立学校においては、この政策がちゃんと実施されるかどうかというのがまず疑問であるが、この政策の下で私立学校がきっちりと形成評価をし子どもの学力を保証していくのに対して、公立学校はそれを誤魔化し今の学力よりも悪化しかねないのである。

確かに、子どもの学力のすべてを毎年数時間の試験で計るのは不可能であり、子どもにとっては酷な話でもある。しかし、ネパールみたいな、子どもに学力をちゃんと享受できていない国で、子どもに学力が備わったかどうかということを確認するための手段として試験は重要な役割をもつ。また、公立学校の教員のモラルやモティベーションがかなり低く、果たして彼らがきちんと子どもの学力を保証するような評価方法を採用していくのかが疑問である。
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