スポンサーサイト

 --------
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
カテゴリ :スポンサー広告 トラックバック(-) コメント(-)

プラチャンダ党首の謝罪に思うこと

 2010-05-13
昨日、マオイストのプラチャンダ党首が有識者との会議で、先日カトマンズ市民を批判したことを謝罪した。
先日のゼネストを閉会(一時停止)する集会で、プラチャンダ党首が、ゼネストにカトマンズ市民が積極的に参加しなかったことを強く批判したのである。直接聞いたことではないが、報道をみる限り「カトマンズ市民がゼネストに参加しにきた地方の人々を二級市民的な扱いをした。いずれカトマンズ市民は後悔しなければならない。」というような発言である。
これに対して、カトマンズ市民・有識者から批判が集中し、謝罪することに至ったのである。

少し行き過ぎた発言の節があるが、プラチャンダ党首の発言は的を得ている。都市部の人々は、農村部の人々を二級市民としてみている。村(地方)から都市へやってくる人々への差別があまりにも強い。暫定政権が発足してから盛んになっているネパール南部のマデシ地方をめぐる権利運動も、このような差別や格差が背景にある。「マデシ」という用語は都市部では、現在までタライ南部から来る人々を差別する用語として使われてきたのである。

格差は、都市部や農村部の格差である。何回も書いているが、ネパールの開発は、カトマンズを中心に、一部のカースト、民族が中心となって進められてきた。民族別でみると、公務員などの独占割合は明らかである。また、有識者、政治家や開発業者まで、特定の民族に偏っている。ネパール特有のAfno Manche(縁故主義)的観念もこれに貢献していることだろう。

マオイスト運動は、このような格差に由来する階級闘争である。
そのため、プラチャンダ党首の発言は、間違ってはいないのだが、カトマンズ市民全体にしてしまっては、ちょっと広げ過ぎた感じがある。それに、階級闘争をしてきたマオイストなのに、なぜかそのリーダーたちといえば、一般社会で支配層と同じ民族が多い。しかも、その行動が縁故主義的であり、階級闘争から得た権力を一部のリーダーが満喫する傾向がマオイスト主導の政府の際にみられた。

階級闘争にまだ決着がついていない。その種火は、マオイスト運動だったが、今や各民族による運動に発展している。民主的な政党になる必要があるのだが、この運動に決着をつけるのは、マオイスト自身の責任である。やっと、少し柔軟な態度をみせているマオイストだが、果たしてネパール政局はどっちに転ぶのだろうか。
スポンサーサイト
コメント












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
トラックバックURL:
http://dipskyjp.blog17.fc2.com/tb.php/257-3a8755d8
≪ トップページへこのページの先頭へ  ≫
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。